テニスプレーヤーがそれでもプロになる理由:プロテニスはギャンブルと同じか
2017年に発表されたITFのルールの改革がいよいよ今年、2019 年度から実施され始めました。
プロレベルの大会で戦っている選手の数は男女合わせて約1万4000人にも上りますが、今年から新たにトランジション・ツアーを導入することで、現在3000人ほどいる「プロテニスプレーヤー」を男女各750人に減らします。
その理由は、この1万4000人の中で、コーチングの費用を除いても、少なくとも収支がトントンになっているのは、男子プロ約350人、女子プロ約250人ほどということがリサーチによって分かっためとITFは説明しています。ほとんどの選手は、テニスで生計を立てることができずにプロテニスプレーヤーとは名ばかりの状態です。そのため、プロテニスプレーヤーの数を減らして、それぞれに渡る賞金額が高くなるようにするのが目的です。
ITF,ATP,WTAの最終的な目標は、「すべて」のプロテニスプレーヤーがテニスで生活をしていけるようになる、ということです。今年からの構造改革で、この目標を達成することができるのか、今後注目が集まるところです。
さて、今回、紹介する記事は、The Conversation のウェブサイトからのもの。2018年に書かれたこの記事は、テニスプレーヤーがプロとして成功する確率は極めて低いのに、それでも、プロになる理由についてリサーチ結果やデータを交えながら取り上げています。
(ほとんどのプレーヤーがプロとして成功しないのに)なぜ多くのテニスプレーヤーがプロになろうとするのか
テニスプレーヤーは、プロに転向するとき、非常に大きなリスクを負う。プロテニスプレーヤーとして成功して、金持ちになることはもちろん、安定した収入を得ることでさえ、非常に小さな確率だからだ。しかし、我々のリサーチによると、実は、そのハイリスクさこそが、テニスプレーヤーをプロに転向させる動機となっているということだ。
考えてみると、プロテニスプレーヤーは、ギャンブラーとさして変わらない。ほんの一握りの人々が大金を独占する。
我々の計算では、1997年に世界ランクトップ100位以内の18歳以下の男子プレーヤーがその後のテニスキャリアで10ミリオンダラー以上を賞金で稼ぐ可能性は、0.001%であった。
2013年にプロテニスツアーに参戦することでかかる平均年間費用は、コーチの費用を入れない場合でも、男性プロプレーヤーで38,800ドル、女性プロプレーヤーで40,180ドルほどになるので、たとえ生涯獲得賞金額が10ミリオンダラーであっても、それがものすごく大きな額とは言えない。
我々の計算によると、プロテニスプレーヤーが稼ぐ生涯獲得賞金額の平均は、一人当たり300,000ドルほどだが、プロテニスプレーヤー全体数の80%が稼ぐ額は、限りなく0に近い。しかし、一方で、ロジャー・フェデラーは、30歳になるまでに、すでに65ミリオンダラーの賞金を稼いでいる。プロテニスプレーヤーの賞金の獲得額は、プレーヤー間での差が非常に激しい。
上のチャートを見れば分かるように、テニスは、他のどのようなスポーツと比べても、格差が激しい。男女のトッププレーヤーは莫大な賞金を手にするが、200~2000位のプレーヤーはほとんど賞金を獲得することはない。
グランドスラムに出場できる128人の選手の内、優勝者の賞金は全体の18%で、一回戦で負けた人が、手にする額は、たった0.3%である。また、トップのプレーヤーは賞金に加えて、スポンサーシップや エンドースメントからの莫大な収入もある。
ティーンエイジャーのときに、世界ランクが高い人は、プロテニスプレーヤーとして成功する確率は高いが、それでも、それは約束されたものではない。例えば、Kristian Pless という選手 はジュニアでNO1 だったが、プロでの最高位は65位で、プロとしての10年間で稼いだ金額は、1.1ミリオンダラー程度であった。
また、ティーンエイジャーの時、ジュニアランキングが低い人は、ほとんどプロになっても賞金は稼げない。しかし、非常に大きな成功を収めることができるという可能性がほんの少しでもあるとき、プレーヤーは、プロにトライしようと考える。
実は、このとてつもない小さなチャンスこそが多くのテニスプレーヤーがプロになろうと思う理由であると我々のリサーチは示している。
ギャンブルについての人々の行動の調査で、人は、「偏った」ギャンブルに魅力を感じるということが分かっている。すなわち、自分が勝つ可能性が極めて低くても、非常に大きな利益をもたらす可能性が少しでもあるギャンブルを人は好む。
例えば、2つの異なった宝くじがあるとする。一つは、50%の人が何も当たらず、残りの50%の人に1ドルがあたる。もう一つの宝くじでは、50%の人が何も当たらず、49%の人に80セントあたり、1%に10ドルが当たる。
この例では、最初の宝くじの賞金のほうが一人当たりの平均額としては高く、より安定しているにもかかわらず、リサーチでは、ギャンブラーは、10ドルの賞金獲得の可能性がある、後者の宝くじを好むということが分かっている。
これと同様の傾向が、テニスプレーヤーがプロ(=大きな人生をかけたギャンブル)を選ぶ時に見受けられるということがリサ―チで判明した。テニスの異常に歪んだ賞金配分に希望や魅力を感じて、たとえ現時点では賞金を全く稼いでいなくても、プロテニスを続けようとするテニスプレーヤーが多い。
言い換えれば、多くのテニスプレーヤーが、プロを選んだ理由は、ギャンブラーがギャンブルをする理由と同じであるということだ。
この傾向は、特に女子より男子に強く、もし、この莫大な賞金を稼ぐ小さなチャンスをプロテニスから取り除けば、男子は、次のシーズンもプロテニスを続ける可能性が20%ほど減るということだ。ちなみに、女子では、5%ほど減るという結果にとどまっている。
これらの数値は、テニスプレーヤーでは、ギャンブラーほどではないが、しかし、それでも、無視できないほど、大きいものである。
しかし、実際にどれだけのプレーヤーがプロとしてお金を稼いでいるかということを冷静に考えると、第2のセリーナ・ウィリアムズになろうなどと考えないで、違う道を選んだほうが懸命であろう。
プロとして、なかなか、上手くいかない人でも、あと1年やってみよう、ひょっとして、来年、なにか大きなことが起こるかもしれないと考えると、なかなか諦められないでしょう。大きな夢を追う=ものすごく小さな可能性にかける、という点では、テニスプレーヤーはギャンブラーとさほど変わりはないのかもしれません。そして、そのようなことには、人を夢中にさせてしまう中毒性があるのです。
プロテニスの世界は、本当に厳しいなと改めて考えさられる記事でした。