オール・アバウト・テニス

主に海外(特にアメリカ)で取り上げられているテニスに関する興味深いニュースをピックアップしてお届けします。

"ジャーニーマン"  その2

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Michael Russell

(前回の続き)

トッププレーヤーとその他のプレーヤーの賞金獲得額の差は広がるばかりだ。全米オープンなどのグランドスラムに予選やワイルドカードなしでディレクトイン(ストレートに入ることが)できるのは、だいたいトップ100位ぐらいまで。全米オープンの賞金総額は、1990以来429%ほど増加し、一回戦で負けたものが手にする賞金は、2013年度では、23,000ドルだ。チャレンジャーでは、その期間の賞金増加はほとんどなく、横ばいの状況が続いている。

チャレンジャーレベルでは、コストの増加と賞金額の停滞のために、優勝したのにお金を失うというような奇妙な現象が起こっていて、7月にマンタで行われたチャレンジャーイベントで優勝したラッセルが、まさにその例だ。

このような状況下、ラッセルは、経済的に賢明な選択をすることが重要だと語っている。例えば、彼は、比較的生活費が安いヒューストンで生活している。プロアスリートの税金対策を専門としている会計士のショーン・パッカードは、複雑な経済環境下にあるテニスプレーヤーは、そのような経済的にスマートな選択することで、かなりの節約が期待できると語っている。「テニスプレーヤーは、小さなビジネスを運営しているのと同じ。自営業で、各地を転々として、その先々で税金を課せられる。トーナメントで良い結果を出そうが、出さまいが、トーナメントでに出るための費用は必ずかかる。」

パッカードは、ラッセルのマンタでの優勝につて「プロテニスプレーヤーとしては、優勝したので、彼がエクアドルまで行ったことは価値があった。ただ、経済的には、彼は、損失を出したことになる。しかし、このポイントのおかげで、グランドスラムのメインドローに入ることができるかもしれない。(グランドスラムのような)大きなトーナメントに出場できること、それが全てなんだ。」パッカードが最後にいったこの言葉が、厳しい下位ランクプレーヤーの現実を浮き彫りにしている。.

ラッセルは、昨年、4つのグランドスラムを含め32のトーナメントに出場したが、彼の賞金総額の40%は、このたった4つのグランドスラムから得たものだ。

ラッセルは、今年、ATPツアーレベルのイベントで、とても良い結果を残している。準決勝まで行ったニューポートでの報酬は22,280ドル。一週間の稼ぎとしては悪くない。しかし、多くのプレーヤーは、ATPツアーレベル(ATP1000,500,250)のトーナメントで良い結果を残するのは難しく、まさに、グランドスラムのみに頼って、テニス界で生き延びている。そうなると、そのタイミングで、怪我をしてしまうと、望みに満ちたはずの1年が、大惨事へと変わる。

こうした状況を懸念して、ATPでは、プレーヤーの引退後の経済的な支援のために年金制度を設立した。年金は、ATPのシングルスプレーヤーでトップ125位以内、ダブルスプレーヤーでトップ40位以内に5年間以上入っているという規定を満たした選手に受ける資格が与えらる。(グランドスラム、チャレンジャー、フューチャーズのポイントは除外され、ATPワールドツアーのみのポイントが考慮される。)

この制度では、ランキング1位のプレーヤーも125位のプレーヤーも同額のお金が分配される。これは画期的で、ほとんど社会主義的な制度であると言えるだろう。この年金制度を利用するには、プレーヤーは主にATPツアーレベルのトーナメントで活躍しなければならない。この制度の大部分のお金がATPから出ていることを考えると当然かもしれない。しかし、引退後に金銭的なサポートが一番必要な125位以下の選手はこの制度の恩恵を受けることはできない。ATPの経理担当者ジョージ・エスカロンはこの年金制度はプロテニスである程度のキャリアがあったプレーヤー向けだと語った。そして、この制度は、トッププレーヤーが他のツアープロプレーヤーのために大きく貢献する仕組みとなっている、とも付け加えた。

近年のコストの増加の中でも、ATP はより多くのテニスプレーヤーにとってプロになることが現実的であってほしいと考えているようだが、この年金制度の導入は、そのための対策の一例だ。エスカロンは、「過去2年でATPは年金への貢献度を100%以上増加させた。目標は、安定してATPワールドツアーで戦っているプレーヤーに対して、引退後、経済的に大きなサポートをすることだ。」

ということは、ATPワールドツアーで安定してプレーできるプレーヤー以外は、テニスを続けることが、経済的な面で現実的ではないのではないか。USTA の選手育成部のジェネラルマネージャーを務めるパトリック・マッケンローは、若い才能のある子供達がテニスを避けてもっと高い収入を見込める他のスポーツを選択するかもしれないことを考えると「夜も寝られない(ほど悩んでいる)」と言った。「7歳の子供がいるとしよう。その子にテニスよりバスケットボールをさせるほうがずっと簡単だ。たとえテニスのクラスを取ったとしても、そこから子供を上級テニスプレーヤーにするには、綿密な計画と莫大な時間が必要だしね。」

マッケンローは、自分自身の経験から下位ランクのプレーヤーの苦労が良く分かっている。「私もジャーニーマンだった。フルタイムのコーチを初めて雇えたのは、20代の半ばだったんだ。」彼は、ラッセルの最近の良いパフォーマンスを喜んでいたが、「彼がプロのバスケットボールプレーヤーだったら、もっともっと多く稼いでいただろう。」とも述べた。

USTAでは、現在多くのプレーヤーをサポートしている。例えば、多くの有望なジュニアプレーヤーの遠征費やコーチの費用を負担している。最近では、それぞれの地域のトレーニングセンターと組んで、10歳以下のグループに力を入れ、優秀なジュニアプレーヤーの発掘にも熱心に取り組んでいる。

それでも、プレーヤーの経済的な安定をはかるためにもっと大きな努力が必要だ。チャレンジャーの賞金額が増加しない限り、トップ100位に入れないプレーヤーは、経済的に苦しい生活を強いられ、いずれは、お金がないという理由でテニスを辞めることになるだろう。スポーツの才能のある子供達は、もっと良い稼ぎの期待できる他のスポーツを選択するだろう。それでは、プレーヤーも、ファンも、テニス自体も苦しい境地に立たされる。

35歳のラッセルがまだテニスを続けている理由はシンプルである。「僕は、まだ、年間200,000ドルほど稼げているからね。」

彼は、自分の意志で自分がそう決めた時にラケットを置くことができる。しかし、多くの下位ランクのプレーヤーにとって、それは贅沢なことだ。ラッセルは、ATPが最近、下位ツアーで取れるポイントを増やしたと言った。それは、下位ツアーで良い成績を収めたプレーヤーが、より大きなトーナメントに出場しやすくするためだ。エスカロンは、「ATPは下位ランクプレーヤーをもっとサポートするための政策を近日中に発表する」と言った。「そうすることで、より多くの才能豊かなアスリートがプロテニスに魅力を感じ続けることができるようにしたい。そして、それは、トッププレーヤーだけでなく、プロになるほどの才能があるプレーヤーは、みんな、そう感じることができるようになってほしいと願っている」と語った。

 

ところで、ラッセルはというと、彼のテニスにかける情熱は明らかで、経済的にも問題ない。「テニスは、タフなスポーツだ。でも素晴らしいスポーツだよ。」と彼は締めくくった。

 

よく言われる「テニスで生計が立てられるのはトップ100まで」というのは、そのくらいのプレーヤーまでが、賞金額が高いグランドスラムにエントリーできるからです。下位ツアーで優勝するよりも、グランドスラムで一回戦負けのほうが、よほどお金になる。そういう世界です。今年からのルール改定で、ジャーニーマン以下のランクのプレーヤーでも、プロとして生活ができるようになるのか今後注目していきたいと思います。少しでも多くのテニスを愛する才能あるプレーヤー達が、プロプレーヤーとしてやっていけるように、私も願っています。