オール・アバウト・テニス

主に海外(特にアメリカ)で取り上げられているテニスに関する興味深いニュースをピックアップしてお届けします。

アンディ・マリーの怪我から我々が学べること

今年の1月末にヒップの手術を受けたアンディ・マリー。(*以前はマレーと表記していたと思うのですが、マリーのほうがしっくりくるので、これからはマリーと表記しますね。)懸命なリハビリのかいあって、順調に回復しているようです。

www.bbc.co.uk

現在では、腰の痛みがなくなったということで、それは本当に良かった。ただ、今年のウィンブルドンへの出場の可能性は、今のところ50%以下だそうです。それが、ゴールではないし、焦っているわけでもない。絶対出場しなければならないと言う風には考えていないとのこと。シングルが無理だったら、ダブルスで”テスト”してみるかもしれないとも発言しています。お兄さんである、ジェイミー・マリーと組んでダブルスに出場すれば、ものすごく盛り上がるでしょうね。

 

アンディ・マリーは今年5月で32歳になります。確かにテニス界では決して若い年齢とは言えませんが、怪我さえなければ、まだまだ現役継続可能な年齢です。とくに、選手生命が延びている現代においてはなおさらのこと。彼が昔から痛みを感じていたというヒップ(股関節)が悪化したのは、2017年の全仏オープンウィンブルドンの頃。そのころは、彼は、まだ、30歳になったばかりでした。この年齢で、日常生活に支障をきたすほどの痛みを感じるということは、怪我の多いテニス界でも普通のことではないでしょう。「もう僕のヒップは、ぼろぼろなんだ」といって、今年の全豪オープン直前には、とうとう今季限りでの引退を発表しました。

今回紹介する記事は、2018年の1月に theconversation.com に掲載された、ビクトリア大学研究員Stephanie Kovalchikさんの記事です。

この記事で、彼女は、マリーがこの年齢で選手生命を絶たれるような怪我をした主要な原因の一つを解説しながら、体を酷使する現代プロテニス界に警鐘を鳴らしています。

 

テニスのやり過ぎで払うことになる大きなツケ

(意訳、要約)

2018年の全豪オープンでは、多くテニスファンがトップテニスプレーヤー達の復活を待ちわびていた。

確かに、全豪オープンで今季をスタートし、カンバックするプレーヤーもいるが、それが叶わなかった者も少なくない。これまで、全豪オープンで5回ほど決勝まで進出したアンディ・マリーもその一人だ。

ここまでの感じでは、2018年はプレーヤー達にとっての復活の年になるというよりも、むしろ、彼らの復帰が遅れたり、または、去年以上に多くのプレーヤーが戦線離脱してしまうのではないかという気さえしている。トッププレーヤーの戦線離脱は、今や、よくあることで、それには、男子プロテニス界のシステム的な問題が大きく関係している。そして、これらのことは、一部のアンラッキーな人だけの問題だと無視していけない。

2017年の全米オープンは、怪我人の続出となり、トップ10プレーヤーの参加が史上最低数となってしまった。そして、NO1 のアンディ・マリーとNO4のノバク・ジョコビッチがその欠席者のなかに含まれていた。

 

怪我とテニス年齢

スポーツで起こる怪我の原因は、複雑で、一つのことが原因であることはまずない。しかし、近年の男子トッププロテニスプレーヤーの怪我の増加で、我々はこれを引き起こしている「ある要因」に、もう、目を背けることができなくなった。 

この「ある要因」ついて説明する前に、まずは、トッププレーヤーがトーナメントでプレーするゲーム数を考えてほしい。グランドスラムの1試合での、プレーヤーのゲーム数は、最低で18ゲーム、最高で183ゲームである(ジョン・イスナーと二コラ・マユの2010年ウィンブルドンでの史上最長試合のように。)

次に、プレーヤーの「ゲーム年齢」を説明しよう。「ゲーム年齢」というのは、プレーヤーがある年齢までに、プロトーナメントでプレーしたゲーム数のことを指す。

1970年代から、現在にかけてのトップ10プレーヤーの「ゲーム年齢」を割り出してみると、明らかに、現在のプレーヤーは、過去のプレーヤーと比べて、まだ若い年齢でより多くのゲーム数をこなしていることが分かる。

例えば、ビョルン・ボルグ、ジョン・マッケンローの時代では、10,000ゲームに到達するのは、プレーヤーが25歳頃。しかし、マリー、ジョコビッチの時代では、それが23歳頃となっている。(下のグラフを参照)

f:id:sakuragasaitane:20190313081417p:plainMedian age when 10,000 games were reached among top ten players. The generation year marks the period when a player started playing professionally. Tennis Australia Game Insight Group

 年代別「ゲーム年齢

 

そして、この傾向は、サーフェス別ではもっと顕著になる。

最も体に負担がかかると言われるハードコートは、男子のハイレベルなトーナメントの60%を占めている。ハードコートでの「ゲーム年齢」の差は、すべてのコートサーフェスを合わせて算出した「ゲーム年齢」の差よりも、世代によってのギャップが著しい。

今の時代のプレーヤーがハードコートでプレーしたゲーム数が10,000ゲームに到達するのは、数十年前のプレーヤーに比べて、5年近く早くなってきているのだ。

 

 

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Game age comparisons of top 10 players who began their pro career in the early 2000s. Andy Murray is highlighted in orange. Tennis Australia Game Insight Group

プレーヤー別「ゲーム年齢」

 

次に上のグラグを見てほしい。これを見ればわかるように、マリーの全サーフェスでの「ゲーム年齢」は他の同年代のプレーヤーと比べてそれほど変わりはない。しかし、ハードコートの「ゲーム年齢」では最も「高齢」のプレーヤーの一人となっている。

マリーもジョコビッチウィンブルドンの後、怪我のため2017年のシーズンを終了した。二人は、同年代のなかでも、「ハードコートでのゲーム年齢」が最も高いプレーヤー達である。

 

 運動強度の増加

「ゲーム年齢」は、長い歴史のあるプロテニスという競技を年代別に比較できる優れた方法である。

しかし、それでも、現在の「ゲーム年齢」と過去の「ゲーム年齢」を単純に、全く同じであるように、扱うことはできない。その主な理由は、時間を経て、プレーヤーたちの大型化が進んだこと、また、プレースタイルが身体により負担がかかるものと変化したことなどが理由だ。現在のプレースタイルは、以前と比べて、ポイントが長くなっていて、ベースラインから強打した長いラリーが続くことが普通になっている。

 

私たちが、テニス・オーストラリアで行っている、現在のテクノロジーを使ったデータ分析によると、アンディ・マリーは、過去5年間の全豪オープンでプレーしたトップ30の選手の中で最もラリーが多い選手の一人で、また、1ポイントでの体にかかる負担が最も大きいプレーヤーであることが分かった。

マリーの数値が他の選手と比べて桁外れだったと言わけではない。しかし、それでも、彼は、最近の男子プロテニス界での、運動強度の増加トレンドを象徴するような人物であると言えよう。

 

現代テニスが求める要求に対して上手くアジャストメントする

現在のシングル・エリミネーション・トーナメント(1回負けてしまえばそれでおしまいという方式)は、トッププレーヤーには諸刃の剣となる。勝てばもっとプレーしなければならない。しかし、もっとプレーすることで、大きな怪我のリスクは増加する。

トップになるためにこなす必要のある試合量を考えた時、これからの若手が、現在のトッププロのような成功を収めるには、彼らのように体を犠牲にしなければならないのかと不安を感じるもの無理はない。

彼らにとっては、歴代で最も成功したテニスプレーヤーで、現在、プロテニスプレーヤーとしては高齢の36歳(この記事の当時)であるにも関わらず、今年の全豪オープンの優勝候補である、ロジャー・フェデラーが、素晴らしいお手本となるだろう。彼は、最高レベルを維持しながら、テニスで、長い間プレーすることが可能なことを証明した。

フェデラーは、ビック4の中で、最もプロテニス歴が長いが、怪我は、他のビック4(ナダルジョコビッチ、マリー)と比べて最も少ない。

それは、たまたまの偶然ではない。彼が怪我が少ないのは、彼のアグレッシブなプレースタイルがビック4の中で、最も体を酷使しないスタイルだからだ。

それと共に、彼は、近年では、スケジュールを組む時にとても注意を払い、無理をしないようにしている。低いレベルのトーナメントにはほとんど参加せず、2017年のクレーコートシーズンは、まるまるスキップした。そして、彼のコンディションが、得意なサーフェスの大きな大会でベストになるように、標準を合わせて調整してくる。

 

実は、フェデラーは、2008年の大会で、マリーに負けたあと、マリーの将来について、懸念を表す言葉を残した。

【彼が(ベースラインの後方の立って、相手のミスを待つような)、こんなディフェンシブなプレースタイルを続けるつもりなら、彼は、今後もずっと体を酷使しながらボールを追い続けなければならないだろう。】

フェデラー自身でさえ、この時発した彼の言葉が、こんなに正確に現実になるとは、想像していなかったのではないか。この時の彼の言葉が、全ての現代のトッププレーヤー達が耳を傾けるべき言葉だったのだ。

体への負担を減らすために プレースタイルを変えることやスケジュールを調整して試合量を減らすことは、現在のプロプレーヤーにとって容易なことではないだろう。しかし、これらのオプションを真剣に考えなければ、長く健康的なキャリアは望めないのだ。

 

これは2018年の1月の全豪オープン直前に掲載された記事です。この時点では、誰もが、マリーは近々、復帰すると考えていて、この怪我が彼の選手生命を奪うほどひどいものであったとは、誰も考えていませんでした。あれから一年、マリーに関しては、ここに書かれていることが残念ながらより深刻な現実となってしまいました。

この記事では、テニスプレーヤーとしての長寿の秘訣として、スケジュールの管理(軽減)とプレースタイルのチェンジを挙げています。

スケジュールの管理については、本当にその通りだと思います。ナダルも昔から、彼の体は30まで持たないと言われていましたが、スケジュールの調整と体の管理を徹底的に行い、満身創痍ながらも、現在32歳で、まだ現役でプレーしています。現在の彼の試合を見ていると、昔のナダルだったらあのボールを追って走っていただろうなという場面でも、今は、チャンスがほとんどないときは、もう昔ほどボールを追うことはなくなったように思います。彼は、歳をとっていくことでの体の変化に上手くアジャストメントして、よりスマートにプレーするようになってきました。この辺の対応はさすがです。

ただアンディ・マリーについては、他のビック4の立場とは異なり、グランドスラムタイトルと世界ランクNO1という目標をずっと長い間、追い続けてきた過程で、やはり、無理をしてしまったことが多かったのではないでしょうか。ヒップ(股関節)については、かなり前から痛みを感じていたということだし、2017年の全仏オープンでそれが悪化したのに、ウィンブルドンまで出場してしまった、というところを見てもそれは明らかです。

プレースタイルについては、人それぞれの強みを生かしたプレースタイルに落ち着くことが多いので、誰もが天才であるフェデラーや、40歳でいまだに現役のビックサーバー、イボ・カロビッチのようなプレースタイルを真似できるわけではありません。ただ、よりアグレッシブなプレーを心がけ、そうすることで、長期的に見ると、体に毒である長いラリーをなるべく減らすようにして、効率的なプレーをする、という程度のアジャストメントなら、多くの人が達成できるのではないのでしょうか。

一つ確実に言えることは、体(とくに関節)は使えば使うほどガタがくる、ということです。それは誰でも同じ。ただアスリートとしては、体を使わないということは無理なので、なんとか怪我を防ぐことができるように、できるだけの努力をしていくべきでしょう。

残念ながらマレーにとっては、もう少し遅いかもしれませんが、彼の経験を見て、まだ若いこれからのテニスプレーヤーが学べることは、本当にたくさんあると思っています。