オール・アバウト・テニス

主に海外(特にアメリカ)で取り上げられているテニスに関する興味深いニュースをピックアップしてお届けします。

ショッキングな裏口入学スキャンダルと2人のテニスコーチ

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washingtonpost.com


全米を震撼させた史上最大、名門大学の裏口入学スキャンダル。日本でも大きなニュースになっていて、皆さんも耳にしたことがあるのではないでしょうか。

 

mainichi.jp

 

この事件をものすごく簡単に説明すると、次の通りです。

「お金持ちの親が、ウィリアム・シンガーという仲介業者に莫大なお金を払って、自分の子供をイエール、スタンフォードジョージタウン、USC(南カリフォルニア大学)などの超名門校に、不正に入学させた」

こう書くとシンプルな事件に見えますが。。。

この事件がセンセーショナルなのは、シンガーが使った、裏口入学の手口です。通常の裏口入学と言えば、大学側にお金を積んで、入学基準に満たない生徒を不正に入学させるというイメージですが、この事件では、大学側は加害者ではなく、シンガーたちの嘘に騙された、被害者となります。

主犯のシンガーとその協力者が裏口入学のために使った手段は、二つ。一つ目は、試験監督を買収して、解答の書き換えや替え玉受験などで、SATやACT(大学進学適性試験)のスコアを調整して合格させる方法。二つ目は、大学のスポーツのコーチと組んで、(志願者がそのスポーツの経験が全くない、またはほとんどないにもかかわらず)スポーツに関しての虚偽の経歴を大学側に報告して、一般入学と比べて入試基準の緩いアスリート枠で合格させる方法。そして、この見返りとして親たちは、架空のチャリティーに寄付をするという形で、何千~何億のお金をシンガーに払いました。逮捕者は、50人以上に上り、その中に有名女優が含まれていたことも大きな話題になりました。

ちなみに、アスリート枠での不正入学のターゲットとなったスポーツは、テニス、サッカー、水球、バレーボール、セーリングなどの「マイナースポーツ」。そして、逮捕されたコーチの内2人は、大学のテニスコーチでした。

 

www.espn.com

 

このスキャンダルで多くの人が衝撃を受けた大きな理由の一つは、大学のコーチが不正に関わっていたという点ではないでしょうか。SATやACT(大学進学適性試験)などの試験で、不正をしようとする人は、昔からいます。もちろんそれは、悪いことですが、驚くような裏口入学の手段ではないでしょう。

しかし、一流大学のコーチは、たとえ、マイナースポーツといえども、地位も名誉もある立場です。また、コーチと呼ばれる人は、子供達の見本となるような、信頼できる人格者であるとイメージが一般的にあります。それが、その立場を悪用して、裏でこんな汚いことをしていたということで、多くに人が落胆と怒りを感じました。

 

 

 逮捕された2人のD1コーチ

このスキャンダルにかかわったテニスコーチは2人。いずれもベテランのD1(ディビジョン1)チームのコーチです。

 

Gordie Ernst

この事件に関わったとされるコーチの一人は、前ジョージタウン大学のコーチであった Gordie Ernst。2018年の辞任後はロードアイランド大学の女子のコーチになりました。(そして、逮捕をきっかけに、ロードアイランド大学女子テニスのヘッドコーチを辞任しました。)

 

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Gordie Ernst

 

ジョージタウン大学のテニスチームは、D1ですが、その中では強豪というわけではありません。それでも、Gordie Ernstは、一流大学のカレッジテニスコーチとして有名な存在で、オバマ元大統領が大統領時代には、ミッシェル夫人と2人の娘にテニスを教えていたということです。(ジョージタウン大学もホワイトハウスワシントンD.C.にあります。)

2006年~2017年の11年間ジョージタウン大学のテニス部のコーチを務めていたGordie Ernstは、その間、テニスのアスリート枠として、毎年、最大で男女3人づつ、計6人の合否に強い影響を及ぼすことができたそうです。そして、そのうちの少なくとも1スポット(またはそれ以上)をシンガーに「売った」ということで今回逮捕されました。

手口としては、シンガーが関係している志願者から送られてきた偽のテニスの経歴書をアドミッションオフィスに転送し、その志願者をテニスチームに必要な人物として、大学側に猛プッシュしました。こうして、2012年から2018年の間に少なくとも12人のシンガーの顧客の子供を大学側に推薦して、そして、その見返りとして、シンガーから2.7ミリオンダラー以上のお金を受け取っていたということです。

実は、2017の終わりに、ジョージタウン大学側が、内部調査をして、Gordie Ernstの不正行為に気付きます。その直後、Ernst は on leave (チームから離れて休むように言い渡される)の状態となり、ついには学校から辞職を勧められて、結局2018年7月にジョージタウン大学のテニスコーチを辞任しました。大学側が彼の不正をどこまで深く把握していたかは不明ですが、この時は、刑事事件にはならず、彼は、この後ロードアイランド大学のコーチ職を得て、今回のスキャンダルで逮捕されるまで、そこで女子のテニスコーチを務めていました。

 

Micheal Center  

そして、今回のスキャンダルに関わったもう一人のテニスコーチは、テキサス大学男子テニスコーチであるMichael Center。

 

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Michael Center

 

すでに、テキサス大学から、解雇されています。

 

現役のテキサス大学の男子コーチであるMichael Center が、100,000ドルの賄賂を受けとって、裏口入学に加担したというのは、ある意味、ジョージタウン大学の Gordie Ernst の件よりも、衝撃的だったといえるでしょう。Michael Center の行った不正の規模は、Gordie Ernstよりも、はるかに小さいものでした。ただ、なんといっても、テキサス大学は、D1の強豪校。最新のITAランキングでは、男子チームのナショナルチームランキングは第4位です。例えば、現在ATPの世界ランク4位は、ドミニク・ティエムなのですが、ティエムがお金をもらって八百長試合に関わっていたとしたら、プロテニス界は大騒ぎになるでしょう。そんな感じで、強豪テキサス大学で18年間も男子のテニスコーチを務めてきたMichael Center の逮捕により、カレッジテニス界には衝撃が走りました。

このようなトップチームのコーチは、普通は、チームを強くすることに必死です。もう入学の何年も前から、有力候補のプレーヤーを追い続け、その中からチームにとって必要な人物を厳選してアスリート枠を埋めていきます。

しかし、Centerは、Ernstのケースと同様に、シンガーの顧客の子供のテニスでの経歴を偽って大学側に報告し、アスリート枠を使い入学させました。カリフォルニア出身のその生徒は、入学決定後、少しの間は、テニス部のロースターに名前がありましたが、入学直後の2015年の9月には、自ら退部して、同時に大学からもらう予定だった、パーシャル(部分的)スカラシップ(本代をカバーするだけのものだったらしいですが)も自ら辞退したということです。

この2人のコーチは、罪状を認めているということで、今後、裁判になれば、またもっと詳しいことが分かると思います。

 

マイナースポーツが狙われたわけ

この事件で、マイナースポーツが狙われた理由は、まずは一般的な注目度が低く、アドミッションからの監視もゆるく、不正が露見しにくいため。また、基本的に資金が十分ではなく、コーチなどの給料も安いためお金で買収しやすいため。実際、資金が十分でないプログラムもあり、もらった賄賂を、施設の改築費用に充てたと言っているコーチもいるということです。

しかし、18年間テキサス大学の男子テニスコーチを務めていたCenterの年収は、232,338ドルということで、テキサス大学アメリカンフットボールのコーチの年収である5.2ミリオンダラーと比べれば安いですが、普通なら十分に余裕のある生活ができる金額です。そして、彼の立場なら、その他の副収入も大きく期待できるでしょう。テニスコーチとしてはもとより、スポーツ関連の企業とのコネクションもあるでしょうし、福利厚生もしっかりしている州立大学に雇われているので、お金に困るということはまず考えられません。これだけの収入があり、地位も名誉もあるテニス一流校のコーチが、100,000ドルの賄賂で、犯罪者になり、コーチとしてのキャリアも名声も全て台無しにしてしまったことが正直不思議でなりません。なにか他に、断れない理由でもあったのでしょうか。

 

アスリート枠とアドミッション

今回この事件で悪用されたアスリート枠ですが、もちろん、アスリート枠で入る場合でも、学校側が定める、最低ラインの入学基準を満たしていなければいけません。しかし、その最低ラインが、アスリート枠の場合、一般の基準よりもかなり甘く設定されています。

ワシントンポストによると、例えば、ハーバード大学の過去6年間の入学データでは、トップアスリートの志願者の80%が合格したのに対して、同時期の一般志願者の合格率は7%であったということです。それほどまでに、アスリートは特別扱いされるのです。

それにしても、驚いたのは、コーチ一人にこれだけのパワーが与えられていること。また、大学のアドミッション側も、コーチ任せで、志願者を独自にチェックしないということにも驚きました。こんなシステムでは、コーチが職権乱用をした場合でも、なかなか表に出ることは難しいでしょう。そして、そこに目を付けたシンガーはさすがというべきなのかもしれません。

 

アメリカ社会の現実

アメリカという国は、アメリカンドリームとかで勘違いしてしまいがちですが、実は、ものすごい階級社会/学歴社会です。だからみんないい大学に入ろうと必死になります。

「地獄の沙汰も金次第」とはよく言ったものですが、アメリカでは、昔からお金持ちが大学入学で優遇される風習がありした。レガシーアドミッションとかレガシープリファレンスと呼ばれる制度では、その大学に関係深い(例えば、多額の寄付をしている)ファミリーの子供が入学にあたり優遇されます。

そんなお金持ちにやさしいアメリカ社会で、なんのコネもない、例えば移民の子供達などが、階級社会に割り込むには、よい教育を受けること(=いい大学を出ること)が一番の方法。そのために、地道に一生懸命頑張ります。そんな中、学位でさえお金で買えてしまう、というこのスキャンダルを知って、多くの人が、アメリカの大学の、いや社会のシステムについて失望しました。

この事件での一番の犠牲者は、なんといっても、この不正のために、スポットを失うことになった志願者たちです。 

今回の事件を踏まえて、多くの大学では、今後同じようなことが二度と起こらないように、アドミッションシステムの改善を約束しています。例えば、ジョージタウン大学では、今後は、複数の人が志願者の情報をシェアできるようなシステムにして、アドミッションの過程をより厳しく監視していくということです。

長い間スポーツで頑張ってきたアスリートたちや地道に勉強をしてきた若者たちが、今後このように形で、スポットを失ってしまうことが二度と起きないようにと願うばかりです。