オール・アバウト・テニス

主に海外(特にアメリカ)で取り上げられているテニスに関する興味深いニュースをピックアップしてお届けします。

タイガー・ウッズとロジャー・フェデラーの子供時代から学ぶ。トップアスリートの育て方。

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CBS/GETTY IMAGES; COURTESY OF THE FEDERER FAMILY

子供の才能を最大限に伸ばすには、親として何ができるのか。そんなことを、本格的にスポーツをしている子供を持つ親ならば、だれもがみんな一度は考えたことがあるでしょう。

レポーターで、ライターでもあるDavid EpsteinのRANGE: Why Generalists Triumph in a Specialized Worldという本には、その疑問に対してのヒントが載っています。David Epsteinが考えるトップアスリートを育てるためのベストな方法とはどのようなものなのでしょうか?

今回は、スポーツ・イラストレイテッドに掲載された、彼の新本からの抜粋を紹介します。

 

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タイガーvs.ロジャー:どちらの育ち方がベストなのか

次の文章は、David EpsteinのRANGE: Why Generalists Triumph in a Specialized Worldという本からの抜粋です。

Published by arrangement with Riverhead, a member of Penguin Random House LLC. Copyright © 2019 by David Epstein. All rights reserved.

 

まず、2つの異なった話を紹介します。最初の話はたぶんあなたも聞いたことがあるのではないでしょうか。

 

その少年の父親は、彼が普通の子供と何か違うと感じていた。少年が6か月の頃、彼は家の中を歩いている父親の手のひらの上にバランスを取りながら立つことができた。10か月の時には、彼はハイチェア(子供用の背の高い椅子)から、一人で下りて、彼のサイズに合うようにカットされたゴルフクラブまで、よちよち歩きで行き、ガレージで何度も見た父親のゴルフスイングを真似て、自分でもスイングしてみた。

普通の子供が、「ボールをキックする」「つま先で立つ」というようなことが出来るようになる2歳の時に、彼はすでに、テレビに出演して、驚愕するボブ・ホープを前に、自分の肩ほどまであるゴルフクラブでボールを見事に打った。その年には、初めてのトーナメントに出場し、10歳以下のディビィジョンで優勝を飾った。 

少年が初めて父親に勝ったのは8歳の時だった。父親は、そのことをまったく気にしている様子はなかった。彼は、息子が人並み外れた才能を持っていることを確信していていた。そして父親は独特な方法で息子の才能を伸ばしていった。その少年は、スタンフォード大学に入学するころにはすでに有名人になっていた。父親が彼の尊大さについて話し始めるようになったのもこの頃だった。息子は、近い将来、ネルソン・マンデラより、ガンジーより、ブッダよりも世界に大きなインパクトを与える人になるだろうと宣言した。「彼は、誰よりも大きな存在になる。」と彼は言った。「それがどんな風に起こるかはまだ、正確には予想できないが、彼は神に選ばれた人間だ。」

 

2番目の話も、あなたは多分、知っているでしょう。ただ、話の始めの部分では少しわかりにくいかもしれませんが。

 

その少年の母親は、コーチだったが、彼女は、決して彼をコーチしなかった。少年が歩けるようになると、彼は母親の周りでボールを蹴って遊んだ。子供の頃は、父親とよくスカッシュをプレーした。スキーやレスリング、スケートボードも楽しんだ。学校では、バスケットボール、ハンドボール、テニス、卓球、サッカーなどもプレーした。「ボールが関わっているなら、なんでも、いつでも興味があった。」と彼は子供の頃を振り返って言った。

彼の母親は、彼にテニスを教えたけれど、彼のコーチにはならないと決めた。「彼は、私をいらいらさせるだけだから。」と彼女は言った。「変なフォームで、変なストロークばっかり打ってたし、まともにボールを返したことなんて一度もないわ。母親からしてみれば、まったく楽しくない状況よ。」

"Pushy(出しゃばり)”な親と、反対の意味をこめて、スポーツ・イラストレイテッドのライターは彼の親を ”Pully (引く)” な親と呼んだ。ティーンエイジャーになるころには、少年は、テニスにより強い興味を示すようになった。その頃、彼の両親は、テニスにそんなに深刻になりすぎないようにとたしなめたこともあった。

ティーンエイジャーの時には、彼は、地元の新聞にインタビューを受けるほど、テニスが上手くなっていた。将来テニスで初めての賞金を手にしたら、なにを買うかという質問に、「メルセデス」と答えたと書かれた新聞の記事を見て、彼の母親は大変驚いた。しかし、レポーターが持っていた息子のインタビューのテープを聞いて、それが間違いであったことが分かり、彼女はほっとした。彼は、メルセデスといったのではなく、スイスドイツ語で "mehr CDs”と言ったのだ。「もっとCDが欲しい」という意味だった。

少年は、負けず嫌いで、競争心が強かった。それは確かだったが、彼のインストラクターが、彼を年上の子供達のグループに昇格させようとしたとき、彼は友達がいる元のグループに戻してくれと頼んだ。彼にとって、レッスンの楽しみの一つは、レッスン後に友達と一緒に過ごす時間だったからだ。

彼がついに他のスポーツを諦めて、テニスに集中することに決めたころには、彼のライバルたちは、すでにトレーナーや、スポーツ心理学者や、栄養士などの専門家から指導を受け始めてずいぶん時間が経っていた。だからといって、彼の成長が妨げられるようなことはなかったように見えた。伝説的なプレーヤーでもさえも通常引退するような、30代半ばになっても、彼は、まだ、世界No.1になることができていた。

 

この2人の少年、タイガーウッズとロジャー・フェデラーは、彼らのキャリアが頂点の2006年に、初めて会った。彼らには共通点があった。「僕の抱いているインビジブル(無敵)というような感覚が、彼ほど理解できる人はいない。」とフェデラーはタイガーについて言った。

しかし、同時にフェデラーはタイガーとの大きな違いも感じていた。「彼のここまでの道のりは、僕の道のりとは、まったく異なっているよ。」と2006年にフェデラーはリポーターに語った。

 

 

タイガー・ウッズのいろいろな意味ですごいとしか言いようのない子供時代は、多くの子供の発達の専門家によって取り上げられ、そんな専門家の書いた本の多くはベストセラーになった。その中には、タイガーの父アールによって書かれた、子育ての指南書もあった。タイガーは子供の頃、ただ無邪気にゴルフをしていたわけではなく、彼の練習に「無駄」な時間は全くなった。彼が練習と呼ぶのは、「deliberate practice(限界的練習)」という綿密に計画された訓練のみであった。すなわち、彼の場合、有名な「1万時間の法則」の1万時間のなかにカウントされたのは、この「deliberate practice(限界的練習)」だけだった。

エリートアスリートたちは、低いレベルで頭打ちになってしまったアスリートたちと比べて、より高度な技術を使って「deliberate practice(限界的練習)」を多く行っているというのが専門家の意見だった。そして、タイガーはその象徴的な存在だった。彼らに言わせれば、「deliberate practice(限界的練習)」だけを集中的に行ってきたタイガーが成功したのは当然の結果だった。エリートアスリートを育てるには、できるだけ小さい頃から、綿密に練られた計画的な練習を行わなければならない。そして、それを始めるのは早ければ早いほどいい。

 

しかし、アスリートがアスリートしてとして成長していく過程を、科学者が詳しく調べてみると、エリートレベルまで行ったアスリートは、発達の早期の段階では、彼らが最終的に選んだスポーツに対しての「deliberate practice(限界的練習)」をあまり行っていないことが分かった。その代わりに、彼らは、専門家が「sampling period  (試しの期間)」と呼ぶ時間を多く経験していた。「sampling period  (試しの期間)」の間は、彼らは、様々なスポーツを、完全に自由な、または比較的自由な環境で楽しんでいた。そうして、将来、彼らが最終的に選択したスポーツで役に立つこととなる身体能力を向上させた。また、自分の得意、不得意な部分も学んでいった。やがて、彼らは気に入ったスポーツを選んで、そのための専門的な練習時間を徐々に増やして行ったのだった。

 

2014年、私の初めての著書である、”The Sports Gene” のあとがきで、スポーツでの「Late Specialization”(遅い専門化=自分の専門とする分野を比較的遅い段階できめること)」について、調査やリサーチで見つかったことを書いた。

その翌年、私は、そのことを、コーチやアスリートではない、思ってもみなかった人たちの前で話す機会を与えてもらった。その聴衆は、” Pat Tillman Foundation”を通して集まった退役軍人のグループであった。私は、その場で話す内容を準備するために、スポーツの枠を超え、キャリアとspecialization(専門化)の関連性を調べるため、様々な専門的な文献を読み漁った。その結果は私が驚くべきものであった。

あるリサーチでは、自分のキャリアを早い時点で決めた人達(early specializers)は、大学卒業後の収入があまり良くないが、自分のキャリアをより遅い時点で決めた人達(later specializers)は、自分のスキルと性格にあった仕事を見つけて、大学卒業後の給料も高い傾向にあるということが分かった。また、多くの異なった分野を学んできた最新のテクノロジーの開拓者は、一つのことだけに深く集中している仲間よりも、創造性が高いというリサーチ結果も見つけた。

私が尊敬している多くの人達、例えば、デューク・エリントン(子供の頃は、音楽のレッスンよりも、絵を描くことや野球に興味があったミュージシャン)やマリアム・ミルザハニ(小説家になることを夢見ていたが、代わりに、女性初のフィールズ賞を受賞した数学者)の成長過程は、タイガーよりもロジャーに近いことが分かった。その他にも、彼(女)らのように、様々なことに興味を持ち、様々な経験してきた後に、大きな成功を収めた「晩成型」の素晴らしい人の例を多く見つけることができた。

そうして調べていくうちに、人間として、または、プロフェッショナルとしての幅や深みを増すにためには、時間がかかるということが、明白になってきた。そして、そのためにかかる時間は、無駄なものではなく、価値あるものなのだということも。

素晴らしい経歴を持っているが視野の狭い専門家が、経験とともに、もっと視野が狭くなり、自分自身を過大評価するというケースも見られた。これは、いろいろな意味で危険なことである。多くのリサーチでは、ゆっくりと時間をかけて様々なことを学ぶことがベストな学び方だと結論づけている。そのようにして学んだ知識は、人の記憶のなかに長くとどまっていくことも証明されている。たとえ、今日受けた今の能力を測るテストの結果が悪くても、ゆっくり多くの異なった知識を積み重ねていくような学び方が長期的にみるとベストな結果をもたらす。一見、遠回りしているように見えるこの学び方こそが、実は最も人の能力を引き出せる効果的な学び方であった。

 

現代では、過度の専門化が求められる傾向にある。そんな世の中で、時間をかけ、さまざまな異なったことを経験し、さまざまな異なった分野を学んだ後に専門を決めることは、結果的には利点が大きいと分かっていても、実行するのは容易でなことではなく、大きなチャレンジとなるだろう。

 

もちろん、タイガーの成功例のように、はっきりした目的意識を持ち一つの目標に突き進んでいく「早熟型」が、功を奏す分野もあることは紛れもない事実だが、私は、この世の中には、もっとロジャー型の人間が必要だと思っている。いろんなことにトライし、いろんな経験を積んで、いろんな角度から物事を見ることが出来る、そんな、スケールが大きく、応用の効く人間が、もっと増えるべきだと。

 

*1万時間の法則とは、特定の分野で一流になりたいのであれば1 万時間程度の練習や実践が必要だということ。

*Deliberate practiceとは選手に対して洗練されたタスクを要求し,適宜フィードバック,反復,エラー修正の機会があり,特定の目標設定がなされている練習である.

 

 

テニスでは、フェデラーだけでなく、マリーの子供時代も、母親であるジュディ・マリーの証言では、「ロジャー型」だったようですね。

 

子供の個性や、置かれている環境は、それぞれ異なるので、答えは一つではないでしょう。しかし、テニスに関して言えば、現在はこのようなアプローチ(late specialization)が一般的になってきています。USTAもプレーヤー達が少なくともティーンになるぐらいまでは、テニスと共に他のスポーツを行うことを強く推奨しています。早い時点で一つのスポーツに集中して、deliberate practiceばかりしていると、怪我や、バーンアウトも心配です。そういうことを避ける意味でも、late specialization(遅い専門化)のほうが賢明な選択であると言えるでしょう。とくに、長いキャリアを想定している場合は、「急がば回れ」がポイントです!

 

これが上で触れられているタイガーウッズ(2歳半)の初めてのテレビ出演のビデオ(50秒ぐらいから始まります。)

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