オール・アバウト・テニス

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全ての親たちへ。アール・ウッズから学ぶ。

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“My dad never pushed me into golf. He never told me to go practice; he never even asked me to play. It was always me wanting to play with him.” -Tiger Woods

"父は、決して私にゴルフを強制しなかった。彼は、一度も私に練習しろと言ったことはない。プレーしたいかどうか聞きもしなかった。いつも彼とプレーしたがっていたのは、私のほうだった。” タイガー・ウッズ

 

タイガーの才能をいち早く見抜き、幼少の時から指導して、ゴルファーとして超一流プレーヤーに育てた父親のアールさんは、最も有名なスポーツペアレンツの一人でしょう。残念ながら2006年に74歳で亡くなられたアールさんですが、タイガーとの親子関係は、生涯を通してずっと良好でした。

 

今回は、アールさんのペアレンティングについて紹介します。

 

アールさんのペアレンティングスタイル

アールさんは彼自身のペアレンティングスタイルについてこう語っています。

 

. "I am more prone to be inquisitive, to promote discussion. I want to find out what your thinking was. I want to find out what your feelings are. Did you learn anything?"

"私は、もっと知りたい、話し合いたいと思うタイプです。あなたが、何を考えているか、何を感じているか、そして、何かを学んだか。そういうことを理解したい。”

 

ちなみにタイガーの母親クルティーダさんは、まったく逆のタイプで、権威的で、物事をはっきりさせるタイプだったらしくて、アールさんは、タイプが違うけど「うまく共存できた」と語っています。

タイガーは、そんな、2人の異なった性質の両方が「私自身に受け継がれている」と言っています。

 

そんなアールさんの少し型破りなペアレンティングのエピソードを紹介します。

 

アールさんは、タイガーが割と幼いときから、タイガーと適度な距離間を保ち、彼に自分自身で考えさせ、決断させるようにしてきました。そうして、もし失敗した場合は、その結果から学ぶことができるように。

タイガーがまだ8歳のころ、アールさんは、タイガーにこう言います。「トーナメントに出場したければ、ゴルフ用具は全部自分で用意して、自分で車の中に積み込むように」と。

何度か、アールさんはタイガーがクラブを忘れたのを知りながら、トーナメント会場に向かったことがありました。アールさんは会場に着くまでの間に、タイガーに、何か言いたくなっても、我慢して、なにも言わないようにしたということです。そして、ついにトーナメント会場に到着し、トランクを開け、タイガーはクラブを忘れてきたことに気が付きます。(そして、アールさんもその時気づいたふりをしました。)もちろん、トーナメントには出場できません。そして、帰り道、「だから言ったじゃないか」と言いたくなるのをぐっとこらえながら、そのことについてなにも言わずに家に戻ったということです。この時、アールさんは、タイガーにミスを決して指摘せず、また、彼を責めることもしませんでした。そうしなくても、タイガーは、自分のミスをトーナメントに出場できなかったことで痛いほど学んでいたからです。

 

そのほうが子供のためにはなると思っても、なかなか、ここまでできませんよね。こういうことが冷静に実行できるところが、アールさんのすごいところです。

 

アールさんの練習スタイル

先日の記事でも少し触れられていましたが、アールさんは、タイガーが小さい頃から、独特な指導方法で彼を指導しました。具体的には、どんなことをしていたのか。アールさんが72歳の時のインタビューから彼らの練習の様子が垣間見れます。

 

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(この中でアールさんはメンタルトレーニングについて語っています。)

アール:彼がスイングし始めたときに、バックの中のクラブを全て落としたんだ。彼は、スイングするのを止めて、振り返り、歯を食いしばって私を見た。そして、またスイングを始めた時、今度は、彼のボールの前にたくさんのボールを投げた。

タイガー:(ため息をついて)でも、父は、決して、(僕の限界を超えるほど)やりすぎはしなかった。僕がちょうど限界に達するところまで押して、そして、引き下がる。

アール:彼は、スイングをまた止めた。私は彼に、このラウンドを4時間で終わらせるように言われているのに、時間をとりすぎだ。打たないんだったら、もうやめろ、と言った。そうすると、彼はついに打った。完璧にね。そして、「見てみろ」という表情で、私を振り返った。言葉では言わないけど。あの表情でね。そして、フェアウェイを颯爽と歩いていった。

タイガー:だんだんと、許容範囲が広がっていって、もう、最後には、(そういう雑音が)全然気にならないというところまできた。

アール:タイガー、トレーニングは終わった。お前はマスターしたんだよ。お前ほどメンタルがタフな人は存在しない。生涯を通して、お前以上にメンタルが強い人に、お前は決して会うことはない。これまでも、そして、これからも。

 

これがいわゆるアール流の”deliberate practice"なんですね。「明確な目的」があり、「居心地の良い状態(コンフォートゾーン)」を少しずづ上回ることをして、だんだんとできる範囲を広げて行く。

アールさんとこのような練習を重ねて、タイガーはだんだんと成長していったのでしょう。タイガーの才能は、とにかくすごいけれど、アールさんは、本当に彼のことを理解して彼に合った絶妙なさじ加減で”deliberate practice"を繰り返して彼の生まれ持った素晴らしい才能をさらに伸ばしていったのです。

 

アール・ウッズの魔法の言葉

この時のインタビューのアールさんの音声を使った、タイガーのナイキのコマーシャルは、タイガーが絶頂期によくアメリカで流れていました。私は、いまでも、このコマーシャルの最初の部分のアールさんの言葉が、ペアレンティングの真髄だと思っています。

 

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"You don't really instill anything into a child. You encourage the development of it. "

”親が子供に「何か」を植え付ける(教え込む)ということはできない。親ができるのは、もともと子供が持っている「何か」が上手く伸びるように後押することだけだ。”

 

タイガーが2歳半でテレビ出演をした時のあの映像を見ると思うのですが、あの幼さで、彼は、自分の意志でスイングして、パットしていた。あの年齢で、あの状況下で、タイガーの集中力、メンタルの強さはすでに並外れたのもがありました。アールさんが 彼のことを「神に選ばれた者」と言ったのも理解できます。決して大げさではなく、自分の子供だからそういったのではなく、タイガーを観察した上での冷静な判断だったのでしょう。

そんなタイガーの内から湧き出る強い力を、彼に合った方法で、最大限に伸ばしたアールさんは、やはり、史上最強のスポーツペアレンツと呼ばれるのにふさわしいと思います。

そして、そんな、アールさんのペアレンティングから、我々も、天才児の親に限らず、どんな子供を育てている親でも、何か学ぶことが出来るのではないでしょうか。それぞれの能力には、違いがあるかもしれませんが、子供は、みんな「何か」を持って生まれて来るのですから。

 

今年のマスターズの優勝で再び注目されたタイガー・ウッズ。自業自得とはいえ、あの私生活でのどん底から、その後の怪我から、持ち前のメンタルの強さで、見事に復活しました。そして、それは、彼の生まれ持ったもの、そして、父との訓練で努力して得たもの、両方の賜物。

 

タイガーの復活劇をアールさんも天国から誇らしげに見ていたことでしょう。